生い立ち(15) [先天性]
この生活を長年続け、学生から社会人となり、外の世界を知る様になると、
歓迎会や忘年会、新しいお店が出来たから‥等、誘われる機会も増えます。
しかし、この年齢になっても変わらず、視覚と咀嚼感(そしゃくかん)のみが
食べ物を味わう唯一の判断材料である私は、
この頃になると 食に対する欲が徐々になくなっていきました。
本来備わっているべき機能が欠損していた場合、
その人それぞれに感じ方や必要度が違います。
私にとって味覚、嗅覚障害は、前述の水物が持てない、歩きが遅いと同様に
生活に直結している必要な機能で、外の世界との関わり度合いと比例して、
苦痛が増していき、食への欲の減退に繋がっていきました。
この時期セルフネグレクトと申しますか‥
自分しか家にいない場合の食事を構う事をしなくなりました。
そうめんだけ とか、ご飯にキムチのせただけとか、栄養面でかなり偏っていたと思います。
しかし私にとっては何を食べても、咀嚼感の違いはあるものの 味はなく一緒で、
まるで砂を食べている様でした。
歓迎会や忘年会、新しいお店が出来たから‥等、誘われる機会も増えます。
しかし、この年齢になっても変わらず、視覚と咀嚼感(そしゃくかん)のみが
食べ物を味わう唯一の判断材料である私は、
この頃になると 食に対する欲が徐々になくなっていきました。
本来備わっているべき機能が欠損していた場合、
その人それぞれに感じ方や必要度が違います。
私にとって味覚、嗅覚障害は、前述の水物が持てない、歩きが遅いと同様に
生活に直結している必要な機能で、外の世界との関わり度合いと比例して、
苦痛が増していき、食への欲の減退に繋がっていきました。
この時期セルフネグレクトと申しますか‥
自分しか家にいない場合の食事を構う事をしなくなりました。
そうめんだけ とか、ご飯にキムチのせただけとか、栄養面でかなり偏っていたと思います。
しかし私にとっては何を食べても、咀嚼感の違いはあるものの 味はなく一緒で、
まるで砂を食べている様でした。
コメント 0